「僕には君だけだから」という男の言葉は信じない方がいいという教訓

べっこうあめ

2025/2/18 19,778文字 11,925閲覧
「僕には君だけだから」という男の言葉は信じない方がいいという教訓
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説明

尊奈門くんがクズ男を捕まえてきたので、裏切られて傷付く前にタソガレドキの皆さんが必死に引き剥がそうとする話。

この作品はガッツリBLです。
捏造注意!!
色んなところから設定を引っ張って来てますので、つどい設定もミュの設定も入ってます。

攻め主

読んだ後の苦情は一切受け付けません。

本文

「この人が私の恋人です」 と部下が嬉しそうに報告してきたのだから、温かく受け入れてやるべきだとは思うのだけれど。 それが確実に間者の場合はどんな対応を取ればいいのかと雑渡は頭を悩ませた。 諸泉尊奈門はタソガレドキの忍者である。 しかし熟練が揃う忍軍の中ではかなり若手で、幼い頃からの信頼があるため偶に管理職に置かれることがあるが実力は発展途上と言ったところだ。 まあ、周りの強さの基準が高すぎる気もするのだが。そんな話はさておき。 そんな尊奈門は仕事で成功すれば褒め喜ばれ、失敗すれば揶揄われるいわば末っ子ポジションで。 彼の色恋となれば、同じ隊の者なら気にならない者は居ないほどには尊奈門は部隊に馴染み、親しまれていた。 ある先輩は「何処まで進んだのだ」と少し冷やかしてみようと思い、ある先輩は「見定めてやる」と恋人の顔を一目見ようと目論んでいたり、ある先輩は「いざと言う時はこれを使え」と信憑性の低い媚薬を渡したりと、まあ遊ばれていた。 まあ、今まで散々弄られてきた尊奈門だったからそれ程ダメージはないのだが。 いつものように尊奈門が土井半助に果たし状を渡しに行こうとしている時、誰かが「このまま負け続きだと、土井半助に取られるぞ。チョーくん」と言い出した事をきっかけに尊奈門の堪忍袋の緒が切れた。 「執拗い!」 尊奈門が本当に気にしているように少し涙を浮かべて、ぷんすこと去っていくものだから、仲間も失言した事に気付き必死で謝る。周りからも「何言ってんだよ、お前」と避難の目を浴びせられていた。 「アイツはそんな事で心移りしたりしないッ」 「そうだよな、ごめんな!」 もういい、と尊奈門は出て行ってしまう。 その出来事があってからである、尊奈門の恋路を応援する者が増えたのは。 先程の台詞の通り、尊奈門は恋人にぞっこんなようなのでどうにか結婚まで持って行ってやれないかと言う輩が増え始めた。 そんな事言い始めたのは、確かあの日尊奈門を泣かせてしまった同期だっただろうか。なんにせよ、割と真面目に尊奈門を応援し始めたのだ。 すると、どうだろうか。今まで、まあ知れたらでいいや程度だった恋人の情報が調べ着くせの段階に入ってしまったのだ。 相手は忍者。それもタソガレドキの先輩方もいるので、まずその手からは逃れなれない。 そのため尊奈門が今まで隠していた、恋人が男だと言う事実も呆気なくバレてしまったわけだ。 そして、そいつが少し怪しいと言う事実もである。 「僕、色葉 薫(いろは かおる)です。職業はフリーで忍者してます」 「へえ。知ってる」 「はい、知ってます」 ニコニコニコ。この空間で本当の意味で笑っているのはきっと尊奈門だけだろう。 目の前の”色葉 薫”と名乗った尊奈門の恋人も表面は好青年を装っているが、腹の中では雑渡が目障りで仕方ないと思っているに違いない。 雑渡だって、尊奈門がごく一般の男性と付き合っているのならこんな事にはしなかった。ただ、相手が過去にお世話になった忍者だと言うので動かざるにはえなかった。 尊奈門と薫が出会ったのは数ヶ月前だった。 意外にもタソガレドキで薫とのファーストコンタクトが一番早かったのは、尊奈門ではなく黒鷲隊の五条弾だった。 とある城の潜入調査で、五条が女中になりすまして潜入していた時。五条の先輩として現れたのが薫だった。 「私は、カヲリ。よろしくね」 甘い笑顔を振りまく彼女、否、彼は誰がどう見ようとおなごだったし、それに「よろしくお願いいたします」と微笑む五条もしっかりおなごだった。 本人曰く、カヲリさんはこの城の女中の中で一番経歴が長いらしく、殿様にも信頼されている様子。だから、そこそこ内部情報を知っていて五条にとって接触すべきターゲットだった。 カヲリは噂好きで五条に色んな事を話した。 殿様の悪癖だったり、趣味嗜好。それから、この城の人員構成だったり、実はこっそりと戦の準備を始めていること。 五条はここまで口が軽い子が身内にいては大変だと殿に少し同情したが、カヲリにはかなり感謝していた。仕事がスムーズに進む。 そんなある日、カヲリが突如「不公平だ」と言い始めた。 「私ばっかり話して。弾子ちゃんのこと、もっと知りたい!」 「わ、わたしのこと?」 カヲリが急に迫ってきたので、五条はついつい後退りする。 カヲリは首をうんうんと振りながら五条に更に近付く。 「家族はどうなの?妹とか・・・・・・」 「い、いるわよ」 兎に角、カヲリの気が済むまで話を合わせよう。なんせ、自分が話せばお返しにとカヲルから引き出したい情報の指定が出来るようになるので、五条にとっては絶好のチャンスだった。 なるべく、カヲリの喜びそうな口が軽くなりそうな解答を選ぶ。そう、所謂楽車の術である。 「へえ。弾子ちゃんの妹さんならさぞ可愛いんだような。目がくりくりしてて」 「そうそう。少し、幼げな感じの」 「みんなの妹って感じの、周りに愛されるような子なんだろうなぁ」 「ええ。近所の人からも評判なんですよ」 カヲリが「いいなぁ〜」とこぼした。五条はそれをしっかりと聞き取り「カヲリさんの話も聞きたいなあ」と漏らした。 「私?そうだなあ、何を話そう」 「この間話してた。噂の話がいいなあ」 「噂?お殿様が別の城の人と会ってたって話?」 「そ、それ!!」 楽車の術成功、かと思われたが、カヲルは眉を顰めながら「これはなあ」と話すことを渋った。 何度五条が揺らしてみても「ごめんねえ」と渋い言葉が返ってくるので試しにどうすれば話してくれるか聞いてみた。 「そうだ、弾子ちゃんの妹さんに会いたいかも!」 妹とはつまり、先程のくりくりとした瞳のご近所さんからも愛されているみんなの妹のような存在であろうか。 五条は頭の中で黒鷲隊の面々を浮かべてみたが、そのような見た目に該当するかつ、変装できそうな人は思い当たらなかった。そもそも、そんな人タソガレドキの何処を探しても・・・・・・あ、いた。 そこで駆り出されたのが尊子ちゃんこと、諸泉尊奈門だった。 尊子ちゃんに会ったカヲルはそれはとても喜んだ。 「かわいい!」と抱きつき、顔をスリスリとする。抱きつかれている尊子ちゃんは真っ赤である。もう少し頑張れ狼隊。 尊子ちゃんに会ったカヲリは満足したのか、噂の内容をペラペラと喋った。今度こそ、楽車の術成功である。 と、そこまでは良かったのだが。その日の晩、事件は起きた。 簡単に言えば、潜入がバレてしまったのだ。否、弾子が間者だと思われたのではなく、女中の中に間者が居ると殿様が気付いてしまった。 順当に行けばまず、カヲリが疑われるのだが。殿様はカヲルを信用しきっているようで、カヲリが話をしてしまった女中の中から間者を見つけ出すらしい。 今日はお手伝いとして尊子を連れてきていたので、まずは部外者を連れ込んでいる五条が怪しいと殿様は目をつけられた訳だが。 カヲリが「怖い・・・・・・」と泣き始めたのですぐには尋問諸々は始まらなかった。まずはカヲリを泣き止ませるのが先決のようで、相当カヲリは殿様に気に入られているようである。 そんなこんなで牢に閉じ込められた女中達出会ったが、みんな一緒に同じ檻に閉じ込められたので下手には動けなかった。 なんせ、この密度で同じ部屋にいるのだ。いやでも疑われた自分達は目につくし、ここで華麗にこの牢を脱出したら忍者であることがバレてしまう。 最悪強行突破だが、間者が逃げたとなれば作戦が変わりこの情報も無駄になってしまうかもしれない。出来れば、誰かに間者の容疑がかかって処刑されて貰えるとありがたい。 さて、どうするかと考えていると突如上階から「火事だー」と叫ぶ声が聞こえた。 その声を聞いた女中達は阿鼻叫喚。それぞれが他人の事などお構い無しに暴れるので、それは揉みくちゃにされて、これは敵以外の別の理由で死ぬのではないかと思った。 まあ、この混乱に乗じて逃げるのが吉。 さりげなくサラッと逃げようとしたが、何故か牢の鍵が壊れ女中達が一斉に外へ飛び出し始めた。 五条はすかさず天井裏に飛び逃げたのだが。慣れない着物と女中達の勢いのせいで尊奈門が逃げ遅れてしまったらしい。 女中の波に尊奈門が流されていく。 「貴方たち、こちらですよ!」 そう叫ぶのは、散々お世話になったカヲリである。 こんな時まで間者がいるかもしれない団体を避難誘導してくれるなんて、なんと情に深い女だと感心していたのも束の間。 気付けばカヲリは消えて、尊奈門は口を塞がれグッと別の部屋に引き込まれてしまった。 尊奈門は咄嗟に抵抗するが「大人しくしろ」と首に細長い何かを突きつけられ動きを止める。 「敵ではない。こっちに来い」 そう言われ、尊奈門が振り向くとそこには髪の解けたカヲリが立っていた。 「なっ」 「ん?ああ、気付いてなかったのか」 「お前は・・・・・・!?」 「カヲリ改め、色葉薫だよ」 そのまま薫は尊奈門を横抱きにして、城を颯爽と走り出す。 音を立てず、素早く走る薫は疑わずとも忍者だった。 そのまま、城の最上階までたどり着きこの城の殿様が焦っている様子が伺えた。 尊奈門は「ノロノロとしていると火の手が回るぞ」と言うと「嘘だよ、それ」と薫は笑った。 薫は尊奈門を軽く縄で縛ったあと、「大人しく見ててね」と天井裏に置いてくると次は別の服装に着替えて殿様に近づいた。薫は忍び装束を着ていた。 「殿様、こちらカヲリの」 「髪・・・・・・!?カヲリはどうした!?」 「・・・・・・申し上げにくいのですが、やはりあの女が間者でした」 薫は自分で作った証拠をつらつらと殿様の前に並べていく。すると、殿様は「もう良い、わかった」と薫を下がらせる。 薫は尊奈門に「はい」と懐から紙を渡した。 「手土産にしなよ」 「なんだこれは」 「密書」 敵から渡されたこんなもの、到底信用出来ないだろうと尊奈門が言うと、ならば相手の城を探してみるといいと薫は返した。 「それの返書が見つかるよ」 尊奈門が「誰がそんな罠に引っかかるか!」と噛み付こうとしたが、その前に首の後ろに強い衝撃が走り視界がブラックアウトされたのでそれは叶わなかった。 結局、眠っているうちにタソガレドキに返却された尊奈門であったが、しっかり密書は握ったままで。 組頭に説明すると、試してみる価値はあるとの事で言われた城を探してみると本当に返書があった。 警戒しつつも、その情報を頼りに作戦を練るとしっかりタソガレドキが勝ち星を上げた。 その後、色葉 薫という男をどれだけ探しても見つからず。結局、タソガレドキは彼の作戦に振り回されはしたものの、悪い方向には転ばなかったので捜索は打ち切られたが。 薫の目的は未だ知れず、見つけたら生け捕りにする事が忍軍全体に命じられていた。 つまり、その男と付き合っている尊奈門は命令に背いているわけで。 「どういうこと?」と尊奈門に問わないといけないのだが、薫が初めに「彼は悪くないよ」と庇っているので何も言えなかった。 「彼も最初は僕を捕まえようと色々してきたさ。今でも。でも、僕が強いから。捕まえれないの」 薫が「ねえ」と尊奈門に共感を求めると尊奈門は気まずそうに頷いた。 ならば、報告の義務があったのではないかと言う話なのだが、それも上手く操っていたようで。 「初めは、こいつの好意を利用して捕らえてやろうと思ってて」 と尊奈門は語る。つまり、尊奈門と再開した時から薫は尊奈門に好意を寄せており、自分の実力では手に余ると判断した尊奈門はそれを利用して薫を捕まえようとしていた訳である。 そして術にかけるつもりが、いつの間にか自分の薫を好きになっており。上手く転がされていた訳だ。 「薫、私以外の人がいると出てこないので」 尊奈門の後をつけている人がいれば、逢瀬もドタキャンされるらしく。別の人に協力を仰ごうにも、自分だけじゃないと現れないという責任感故、こうもひとりで走ってしまったらしい。 尊奈門は眉を下げて謝った。 「それで、なんで今日は私の前に現れる気になったのかな。曲者さん」 「いやあ、それは組頭さんに公式に交際を認めて欲しくて」 どう考えてもダメに決まってるだろ。そう思うが、目の前の男がわざわざ出てきたのだ。何か策があるはずだと身構える。 薫は「別に、大したことは考えてませんよ」とニヨニヨと笑った。 「まあ、交際を認めてくださるのなら。僕は大人しく捕まりましょう」 態と捕まってから、内部情報を抜き取ろうとしているようにしか聞こえないが。 だが、いずれ捕まえようとしていたのだから叶ったりなのも事実で。 雑渡は考えあぐねた末、尊奈門との交際を認める事は部下に取り入ることを認めるようで渋っていたが、タソガレドキの損失になるかと聞かれると尊奈門もしっかり機密情報は守っているようなのでそうでも無く。寧ろ、薫をここで逃がす方が不利益だと考えた為許可することにした。 「いいよ」と言った瞬間、薫よりも尊奈門が嬉しそうに「組頭!!」と喜びの声を上げた。 薫は「やったー」と少し棒読み気味に喜び、尊奈門に「ほら」とハイタッチを求める。尊奈門は言われるがままハイタッチをするので、雑渡は心配になってしまった。 宣言通り。薫は大人しくタソガレドキに連行された。 念の為、一応、手を縄で拘束させて貰っていたので尊奈門が心配そうな目で見ていたが、彼くらいの実力ならこの状況で抜ける事は造作もないだろう。 それよりも雑渡は尊奈門と薫の関係が気になった。 薫はタソガレドキへの道中、終始尊奈門を気遣う様子を見せた。 足元が悪ければ「気を付けてね」と注意し、団子屋があれば「寄ってく?」と尊奈門の意見を聞いた。ちなみに、雑渡の意見は少しも聞いてこない。 ずっと尊奈門と薫はお喋りをしており、尊奈門が楽しそうに話しては薫がうんうんと楽しそうに頷きながら聞いていた。 そう言えば、少し前。尊奈門に恋人がどんな人か聞いた時。 「良い奴ですよ。気を遣えて、優しくて。よく、褒めてくれるんです」 と楽しそうに話していたのを思い出した。 話を聞き、様子を見る限り。薫から尊奈門への愛が強い気がするが。雑渡の職業病か、どうにも尊奈門にとって都合が良すぎると思ってしまう。 上手く利用されているようにしか見えない。 雑渡の視線に気付いたのか、薫は首を傾げながら「どうしたんですか?」と白々しく笑った。 尊奈門は「どうかされましたか?」と薫に続いて首を傾げる。 交際を認めてしまったし、これは別れろと言っても聞かないやつだと感じた。雑渡は尊奈門の土井半助へ向ける執着を知っていたので、尊奈門が少し意地っ張りで少々のことなら部隊を抜け出してしまう事をわかっていた。 もし「はい、別れます」となっても、こっそりと薫に会いに行くので余計こちらがやりにくくなるだけだろう。 「いやあ、さぞおモテになるのだろうと思ってな」 雑渡は建前的に一応誤魔化したが、どうせ何を考えているかは読まれているのだろう。 尊奈門が薫に「そうなのか?」と心配そうに聞いた。 「普通かな」 「ふつう・・・・・・」 尊奈門は薫の交際経験を気にしているようだった。 薫は尊奈門の両手をとり、しっかりと目を合わす。そして、先程よりも柔らかな笑みを浮かべて 「大丈夫。僕には君だけだから」 と言った。 「そうか」と嬉しそうに照れる尊奈門を見て、雑渡はチョロい自分の部下をどうにかこの男の魔の手から救ってやらなくてはと思ったのだ。 そう、取り返しがつかなくなる前に。 ●○●○ タソガレドキに捕まった薫は一時的に牢に入れられたのだが、翌日には解放された。 尋問を受けた末、この結果である。 「野放しにしていいんですか?」 そう雑渡の聞いたのは狼隊の高坂である。 高坂も尊奈門の良い人があんな男だと知る前は少し協力してやろうと思っていだが、曲者なら話は別である。 少しも贔屓目に見ずに、冷静に薫を野放しにすべきではないと促した。 雑渡は「まあ、目的は聞けたから」と薫を見ていた。 薫の尋問を担当したのは他でもない雑渡だった。 薫は雑渡と二人っきりになると、昼間の柔らかな表情が嘘だと思えるくらい下劣な表情を見せた。 「面倒見が良いんだねえ」 面倒見が良いのではなく、自分の部下が利用されてポイ捨てされたら胸糞が悪いだけだと薫に言った。薫は「それを面倒見が良いって言うんだよ」と笑う。 「そんな顔して大丈夫?化けの皮剥がれてるよ」 「化けの皮?そんなんじゃないよ。君に興味無いだけ」 薫は尊奈門の前で見せている表情も本当の自分だと主張した。 嫌いな奴の前では嫌な顔をするし、好きな奴の前では優しい顔をする。それは全国誰でも同じ事だと説く。 薫はあからさまに溜息を吐いて「早く尊奈門に会いたいなー」と芝居がかった調子で言った。 「お前がすぐに話してくれれば解放してあげるさ」 「そう。なら、何を聞きたいの?」 まず、雑渡が一番知りたいのは薫の目的である。 なぜ、あの日タソガレドキを手伝うようなことをしたのか、今は何の目的で動いているのか、そもそもお前な何処の手の者なのか。 薫はそれを聞くと、少し悩んだ後「特に意味は無い」と言った。 「僕は彼が好きなだけさ。だから、例の件でも手助けしたし、それを利用して今も一緒にいる」 「では、偶然だと?」 「いや。実は言うと、仕組んだ。あの女中の一件は君達があの城に潜入してくると分かってたから、初めから全部計画してた」 「何のために?」 「だから、僕のすべての行動の根幹は尊奈門くんなんだよ。彼に近付きたくて」 少し昔。初めて尊奈門と出会った時の話を薫は雑渡に語ってくれた。 当時の薫は城務めの忍者をしていた。 薫は自分で言うのもあれだが優秀なので、入って数月でそれなりの役職につけたし、部下ともそれなりにいい関係を保ててたのだが、いつも薫の心には蟠りが残っていた。 それは、ふとした瞬間現れ薫を襲う。何かへ向けた嫉妬のようで、羨望のようで、執着のようなものだった。 原因はわかっていた。部下達を見るといつも思うのだ。自分には人間としての何かが欠けていると。自分は持っていない何かを持っている部下達が羨ましかったのだ。 とある時。丁度、忍務でスッポンタケ城に忍び込んでいた時である。彼と出会ったのは。 彼はまるで再開した日のように、尊子と名乗り女中の仕事をしていた。薫はその時は別の偽名を使って、足軽としてその城に忍び込んでいた。 情報を集めつつ、足軽としての仕事をこなす。それは別に造作もないことであったし、薫にとって苦でもなんでもなかった。 けれど、薫も人間なので動けば腹が減る。ふと、厨を除くと夕餉の支度をしている尊子がいた。 薫は尊子を一目見た時から男であると気付いていた。だとすれば、十中八九忍者であるのだが、自分の仕事を妨害されている訳でもないので放って置くことにしていた。 尊子は薫を見ては、ニコニコ笑いながら「何か食べます?」と優しく囁いた。 正直、敵の忍者が作った飯など食べれるかと思ったが薫が断っても優しく「では、味見しますか?」と勧めてくるので、何となく相手に乗ってやる気持ちになり食事を口にした。 その時食べた雑炊は今も忘れない。口の中でまろやかに解ける米たちは薫の疲労を癒してくれた。 「どうですか?」と言いつつも美味いでしょうと自慢げに笑う尊子を見て、薫は心打たれたのである。 後から尊奈門が薫が忍者だと気付いていないことに気付いたのだが。既に薫の胃袋と心は尊奈門のものだった。 「と言う訳で、僕は抜け忍になって恋を追いかけてるわけだ」 「なんか・・・・・・スゴいね」 薫の話した話は凄かった。 割としっかり城の重要機密が見え隠れしていたし、元々敵の忍者だったの暴露した。敵陣に堂々とやってくる命知らずだとは思っていたが、そんな小さな恋を追うために抜け忍になったとは。 少し相手を懐柔させるシナリオにしてはぶっ飛びすぎだが、そんな所が作られた現実味を見せられているようで。 多分、嘘なんだろうな。 「元いた城ってどこの城?」 「____だよ」 裏に隠れていた押都に____で薫のことを探れと矢羽根を飛ばした。 薫は「もし気になるなら僕が着いて行ってあげるよ」と笑った。視線は雑渡から逸らされており、その言葉は押都に向けて発せられたものだと気付く。 「態々仲間の元へ帰らせるような事をするとでも?」 「けど、君がいくら僕が裏切ったって情報を持って帰ったって僕の疑いが晴れることはないだろ?」 確かに。城内で薫は城を抜けたという事にしろという作戦が練られている可能性があるので、どうしても「はい、白です」とはなれない。 かと言って、薫が元いた城に行って追い掛けられているところを見たとして。それが演技でないとも言い難い。 「お前はどうやって証明するつもりだ」 「お頭の首を取ってこよう」 ___の忍軍のお頭といえば、やり手と名高い忍者である。 今のところタソガレドキとの衝突がないので雑渡も押都も剣を交えた事はないが、暗殺となると骨が折れる。 薫曰く、お世継ぎも丁度良い具合に育ってきた頃であるようで。少々、ボスが死んだところで困らないだろうと言っていた。 雑渡はその言葉を聞いて、そういう所が薫は欠けていると思ったのだが教えてやらない。 今のところ、薫はこちらの情報を掴んでいる様子はないし。そもそも、帰城したければこんな所に来てなかったはずだ。このまま閉じ込めておけば、逃げ出すのも時間の問題そうだし。 思い切って、薫がお頭の首を取ってくるのを待つことに決めた。 「尾行はつける」 「言ってよかったの?」 「どうせ気付くだろ」 雑渡は少しでも怪しい動きをしたら殺すと釘を刺したのである。 こうして薫は牢から解放される事になったのだ。 ●○●○ ニコーと笑いながら生首を持っている薫は、慣れていない人間から見たらさぞ恐ろしいものだろう。 薫は約束通り、お頭の首を持って帰ってきた。 ただ、丁度帰ってきたところを尊奈門に見つかったようで。 尊奈門に会えて嬉しい気持ちと彼の前では優しい自分で痛い気持ちが相まって柔らかな笑顔を浮かべるため、手に持っているものとミスマッチで不気味さが際立った。 薫は「ただいまー」と尊奈門に飛び付きたいようだったが、尊奈門が「汚い、あっち行け」と一蹴したので涙を浮かべていた。 「お前らのせいだからな」 「いや、お前のせいでしょ」 とにかく、これで薫の白を認めざる得なくなった訳だが、依然として警戒状態は続いていた。 ただ、建前上は和解したとのことで薫は外の空気を吸うことを許されていた。 かなり話は戻るのだが。尊奈門の恋路を応援していた仲間達は怒りを顕にしていた。 やっとみんなの末っ子に春がやってきたと思っていたのに、まさかあんな男だとは。 騙される尊奈門も尊奈門だが、あんまりである。人の気持ちを弄びやがって、畜生め。 お前らも忍者なんだから似たようなことするだろとは誰も突っ込まない。 タソガレドキ忍軍、主に狼隊の一同はあのクズ男を尊奈門から引き剥がしたい一心だった。 「今日は何かやっておくことある?」 「買い出しを頼みたいのだが・・・・・・」 「任せて〜。僕、値切りは得意なんだ」 そんな会話が聞こえてきた次の日には、尊奈門が少し浮かれていて、どうしたのかと聞けば薫から贈り物を貰ったのだと嬉しそうに話された時の仲間の気持ちを考えた事はあるだろうか。 可愛い、可愛い後輩が目の前で敵の毒牙にかかっていくのを見ておくしか出来ない。 痺れを切らした誰かが「もう、破局させてしまえ!」と叫んだのはいつだったか。 それを聞いてしまった尊奈門が「もう、知りませんから!」とぷんすかと怒りながら帰って行ったのはいつだったろうか。 酷い事を言ったと咎める仲間は誰もいない。なぜなら、仲間達は一丸となり『尊奈門破局計画』を進め始めたからだ。 まず、二手に分けることにした。片方は薫が黒である証明を探し、もう片方は破局するように促す計画を立てた。 現状、薫が始末されてないのは薫が敵だという確たる証拠がないから。証拠がなくても、邪魔なら始末してしまえばいいのだが、それだとなんだか尊奈門に申し訳ないし、黒だった場合目的を探りにくくなるので殺すのは得策では無い。 だから、仲間達は薫を始末するために黒である要素を徹底的に調べあげた。 そしてもうひとつのチームは破局を狙う。 数多の破局シナリオを考え、それを促すための作戦を立てた。 尊奈門が聞いたら激怒するだろうが、仲間を救いたい一心の仲間達にはその心は届かないだろう。 「明日の休み、港町にでも出かけないかい?」 そう言い始めた薫を見て、狼隊の仲間達はチャンスだと心得た。 尊奈門が肯定する前に、先輩のひとりが「行かんだろう」と横槍を入れた。 「簿っちゃんは土井半助との果たし合いで忙しいからな」 「なッ、まあそうだ。私は明日こそ土井半助に勝たなければならない。申し訳ないが、港町はまた別の日に行こう」 作戦成功。仲間のひとりが尊奈門に見えないところでガッツポーズをした。薫はそれに気付いていたし、名前も知らない先輩が横槍を入れて来た時点で邪魔をしようとしていることを悟っていた。 けれど、それごときに屈する薫では無い。尊奈門といる時にしか見せない人のいい笑顔を浮かべて「それは残念だ」と呟いた。 「その果たし合い、僕も着いて行っていいかい?」 「ダメに決まってるだろう」 「見てるだけだからさ。土井半助という人物にも興味があって」 興味があるという言葉に尊奈門は「どういう意味だ」と顔を顰めた。 「ん?ああ、別に疚しい意味は無いよ。ただ、君がよく話すからどんな人か気になってさ」 「それならいいのだが・・・・・・」 「君の相手を盗ったりはしないよ」 尊奈門はそういう意味で顔を顰めたのではないのだが。仲間達もあちゃ〜という表情をしていた。 薫という男、変なところで鈍感である。いや、鈍感なのではなくて普通の人間の感性と少し離れている。 尊奈門と薫が付き合った経緯は薫の猛アタックなのだが、元の関係性は敵同士。尊奈門はなぜそこまで薫が自分に好意を向けているのか分からない状態で交際に及んでいるので、薫を少し物好きな人間だと思っている。 だからもしかすると、忍者が好きだとか、ボロボロの相手が好きだとか、強い奴が好きだとかそういう趣味の可能性もあるということで。 尊奈門的に、薫の興味がある発言は薫がその人を好きになってしまう可能性を含んでいるので看過出来ない。 「ダメだ。着いてくるな!」と言い放つ尊奈門を見て、先輩は破局させたいはずなのに心のどこかで「尊奈門、頑張れ」と応援してしまっていた。 薫は「なら勝手に着いていくけど」と言っていたので、何処までも空気の読めないやつなのだろう。尊奈門の苦労が見て取れる。 結局、コソコソと着けられるくらいならと尊奈門は渋々薫に同行を許可したようで。尊奈門と薫は忍術学園の正門までやって来ていた。 尊奈門が門扉を叩こうとすると、薫が「忍び込まなくていいの?」と問うた。尊奈門は別に後ろめたい事をしている訳でもないからと薫を説得したが、どうにもピンと来ないようで。 薫は尊奈門と別れて、隠れてふたりの果たし合いを見ることにした。 「土井半助ねえ」と薫が呟く。 薫は忍術学園の塀をのぼり木の上まで侵入したのだが、流石の実力。あの最終兵器小松田には気付かれなかった。 自由に学園内を移動しながら尊奈門と土井半助を探す。この学園の見取り図が分からないので少々骨が折れるかと思ったが、遠くから「土井半助、覚悟ーー!!!」と尊奈門の声が聞こえたので直ぐに見つける事が出来た。 尊奈門は勢いよく土井半助に斬りかかるが、それを華麗に躱されてチョークの粉まみれにされていた。 その様子を見た薫は呆れたように額に手を当て「伸び代あるねえ」と呟く。すると、後ろから「でしょう」と声がした。 「僕は尊奈門回収するから、組頭さんは帰ってもいいよ」 「それは無理かな。曲者を監視しておかないといけないから」 「人の逢瀬に水を差すなよ」 けっと唾を吐き捨てた薫を雑渡は「わあ、怖い怖い」と嘲笑う。雑渡も破局して欲しい側の人間なので、彼等の逢瀬が上手くいかないのは願ったり叶ったりである。 薫は機嫌の悪そうな顔を笑顔で隠した後に「尊奈門」と名前を呼びながら倒れる彼に駆け寄った。 「お前は!!!」 「僕のこと知ってるの?」 「誰だ!!!」 「だよねー」 薫を指差して叫ぶのは一年は組の乱きりしんである。土井半助が彼等と話している時を尊奈門が狙ったのだろう。少し遠くで見ていた彼等はどこからともなく現れた曲者に驚愕した。 「僕は尊奈門の良い人の薫さんだよ」 「良い人!?」 「そう。結婚を前提にお付き合いしてるの」 「嘘だあ!!」 下手な冗談だと笑う三人組に薫は雑渡達によく見せる不穏な笑みを浮かべながら「冗談じゃないよ」と言った。 それでも三人組は全く信じないので、これ以上言っても無駄だと判断した薫は尊奈門を回収する。 丁度横抱きにした時、目を覚ましたようで「やめろ!」と腕の中から逃げられてしまった。その時、尊奈門が顔を真っ赤にしてたので三人組は「嘘だろ・・・・・・」と二人を見つめた。 「尊奈門さん照れてる?」 「照れてない!!」 「冗談じゃなかった?」 「何がだッ!!」 これには土井も驚きを隠せないようで、目を丸くしていた。 チラリと薫が土井の様子を伺った時パチリと目が合って土井は「貴方は・・・・・・!!」と警戒の色を強める。 薫はその言葉に何も返さず「帰らせてもらうよ」と結局、尊奈門を横抱きにして帰って行った。尊奈門が「やめろー!!」と暴れるものだから小松田に気付かれ、出門表にサインする羽目になってしまった。 ●○●○ 薫達が立ち去った後、土井の前に雑渡が降りてきた。土井は納得した表情で雑渡を見つめ「あれはタソガレドキの者ですか」と尋ねる。 雑渡は「違いますね」と薫が去って行った方向を見つめた。 「土井殿と彼はお知り合いで?」 「ここでは何も」 雑渡は近くにいた忍たま達に目を落とし、ならばあちらの部屋でと提案した。 土井はそれに頷き、優しく「先に戻ってろ」と忍たまに伝えて姿を消した。 土井は山田の立ち会いの元、雑渡と薫の情報交換をする事になった。土井は少し話す事を渋っている様子を見せた。 実は土井は先程帰り際に薫に矢羽根で「黙ってろ」と命令されていたのである。そう言われた時は癖で身が竦んだが、教師として情けないと気を持ち直した。 普段ならそんなことに怯む土井ではないが、薫となると話は別だった。 土井は意を決して話し出す。 薫と土井とは旧知の仲。かつての先輩と後輩だった。 まだ土井が半助ではなかった時代。夜霧と呼ばれていた時代の話。 土井が忍者隊に入ったばかりの時、一際目立った先輩がいた。名前を不条 理(ふじょう おさむ)と言い、隊の者からは不条さんと呼ばれ敬遠されていた。 忍者隊には何個か部隊があり、それぞれがひとつの部隊に属し行動するのだが、不条は何処の部隊にも属しておらず城主の直命で動いていた。 「うわ、同胞殺しの不条だよ」 土井の属する部隊の先輩は不条を見てそう呟いた。 どんなに世話になった上司でも、仲良くしていた同期でも、可愛がっていた部下でも躊躇いもせず殺してしまう。彼の前では白も黒も関係なく、あるのは城の利益が不利益かだけ。 先輩は土井に生きていたいなら関わるなと教えた。 「昨日のあいつも、きっと気に入らないってだけで不条に殺された」 「庇うようなことをしたら反逆だと言われて殺されてしまうから何も出来ない」 「この忍者隊の中であいつが一番惨い」 土井も不条を心のどこかで嫌厭し、距離をとっていた。 それなのに「明日から不条と一緒の任務につけ」と言われた時の土井の心境と言ったら、絶望の他にないだろう。仲間達も口々に「あいつ死んだな」と言うのだからそういう気になってしまう。 どうにか生き残ろうと、必死に媚びへつらった挨拶をしたのは今の土井の記憶にも新しかった。 「お前、生きにくそうだな」 不条が土井に初めに言い放った言葉である。 それを聞いて土井は噂通りの畜生が来たと思ったし、冷たい瞳にまだ忍者になりきれていない心が怯んだ。 とにかく機嫌を損ねる前に何か返さないと思い、やっと出てきた言葉は「そうですかね」と無難なものだった。 「まあ、どうでもいい。任務の内容は聞かされているか?」 土井が恐る恐る首を横に振ると、不条はピッタリと土井の隣につき説明を始める。 「お前、初任務か?」 「いえ、何度か」 「うむ。であれば、この類の任務は受けてこなかったか」 「はい。初めてです」 「よし。ならば、こっちの知識もつけておいた方がいい」 不条は態度は決して愛想がいいと言えなかったが、今まで土井が出会ったどの先輩よりも面倒見がよく、分からないことは丁寧に教えてくれた。 たまに「おめでたい頭をしているな」とか「坊ちゃんは数も数えれんか」とか毒舌が目立つが。それにしても不条は良い先輩だったと思う。 その時の任務が終わる頃にはすっかり土井は不条に懐いてしまった。 それが良くなかったのだろう。不条に心を許すなと言った先輩の助言を聞いておくべきだったのだ。 ある日の土井が目にしたのは、殿の命令で余興に仲間を殺す不条と甚振られる土井より少し小さい忍者隊に入ったばかりの後輩だった。 確かあの後輩はビビりで使い物にならず、不条が仕方ないからと手を焼いていたのを思い出す。他の先輩に見捨てられていた後輩はそれはそれは不条を慕っていたのを覚えている。 助けもせず見ているだけの土井に不条の冷たい目が向けられる。次は自分の番だ。 その日からあの目を思い出すと息ができなくなるほどに恐怖してしまう。 そして、先程見た薫の目はあの時の先輩の目そのものだった。 今では、息を忘れるという程のことは無いが、あの目で見られたら冷や汗が流れるほどには薫の事が苦手だった。 「なるほど。彼はカエンタケの忍者でしたか」 「ご存知なかったのですか?」 「本人は___の忍者だと言ってまして。裏も取れていたのですが」 「・・・・・・それは何年前の話で?」 「確か、城を抜けたのが二年前だと」 「私が先輩、不条に最後に会ったのはもう六年以上は前の話です」 とにかく、カエンタケも調べてみた方がいいという話に纏まった。 雑渡が帰ったあと、話を聞いていた山田は「半助、お前は大丈夫なのか」と土井に聞いた。 「はい。私が山田先生に助けて貰ったあと、先輩・・・・・・不条は追って来ませんでしたので」 「今になって殺しにくる可能性は?」 「ない、とは言いきれませんが低いと思います。あの人が直ぐに自分を追いかけて来ないのはおかしい」 そう、おかしい。この違和感を土井は山田家にお世話になってからずっと感じていた。 不条は最も暗殺を得意とする凄腕忍者である。山田家は伝蔵が不在の事も多々あったし、土井が一人になる隙もあった。しかし、不条がやって来なかったという事は何かあったと言う事だと土井は考えていた。 今まではずっと、不条は死んだのではと憶測していた。けれど生きてるとなると考えられるのは、ひとつ。 「もしかしたら、不条もカエンタケを抜けて来たのでは?」 「その可能性が一番高いな」 「それでしたら辻褄が合いますし」 だとしたら不条改め、薫はこの数年間に二回も別の組織を抜けて来たと言うことになるが。それも中々非現実的な話であるが、土井にとって先輩が自分を殺し損ねたという方が現実味に欠ける話だったのだ。 「半助ねえ」 「興味が湧いたか?」 「いや、なくなったかな」 そう言ってそっと手を繋いでくる薫に尊奈門は安心した表情を見せた。 土井半助、薫にとっての夜霧は全くもって魅力を感じられない、知人A程度の存在だった。 薫にとって土井の家族を殺したのだって記憶にないほど、どうでもいい事でこれから先もそれを反省することは無い。 ただ少し、悪運の強い子だとは心得ていた。それがここまで続いて、今やあんな平和な顔で教師をしているとは。人生何が起こるか分からないものである。 「尊奈門くんは半助と仲良いの?」 「半助ぇ!?なんで呼び捨てなんだ!」 「ごめんね。土井、土井とは仲は良いの?」 「良くない」 「そっか、よかった」 ●○●○ 尊奈門も恋人にこんな事をするのは心苦しいから出来ればしたく無かったのだが。 どうしても、薫に何もないと証明するため、もしくは何かあってもそれはタソガレドキに関係ないと証明するためにこの手を使うしかなかったのである。 カエンタケと薫の関係がわかってから数月。どれだけ情報を洗っても、わかるのはカエンタケに入ったあとのことだけで、それ以前の情報。更にいえば、カエンタケから抜けた後の情報は一切見当たらなかった。 それだけ、薫の変身技師術と隠蔽能力は優れており、それが忍者としての出来具合いを示しているのだが。タソガレドキ的にはあまり嬉しくない話で。 尊奈門もタソガレドキ忍者の一員。いつまでたっても白だと証明できないやつと恋人でいるのは少し居心地が悪いもので。 今後、この関係を続けるためにも、別れないで済むためにも、尊奈門は薫の情報を自分が手に入れる参段に出たのだ。 尊奈門は薫が自分に甘い事を自覚していた。周りの先輩はそれを尊奈門に取り入るための術だと言うが。それにしても薫は尊奈門に甘すぎる。 どんだけ失敗した料理を出しても「君が頑張ってくれたんだから嬉しいよ」と文句一つ言わずに、笑顔で完食してくれるし。 尊奈門が任務で疲れから寝過ごし逢瀬をドタキャンする事があっても「無理せず寝なよ。僕は隣にいるからさ」と静かに傍にいてくれる。 他にも数え切れないほど薫は自分に良くしてくれた。そう、取り入るためだけならここまでしなくても尊奈門は既に薫を好いているというのに。 だから尊奈門は、薫は自分だけになら秘密を明かしてくれると踏んでいた。 そこで手に入れようと思ったのは、薫の本当の名前である。出生地も聞き出せたらいいが、これだけでも手に入れることが出来たら、あとは黒鷲隊がどうにか薫の本当の姿を突き止めてくれるだろう。 薫は尊奈門をよくお出かけに誘うが、忍者なだけあってよく家に不法侵入してくる。 きっと尊奈門が気付いていない時もどこかに隠れているだろう。薫は尊奈門の寝る前や食事の前によく現れた。 薫が潜んでいる事は知っているので、あとは何かを使って誘き出す。尊奈門は薫が何に釣られるかよく知っている。 「薫、一緒に寝ないか?」 尊奈門がそう言うと、たすっと天井から何かが落ちてくる音がした。 天井から落ちてきた薫は目をキラキラさせながら「いいのかい?」と尊奈門に迫る。と言いつつも、しっかりと布団の準備を進めているので、もうダメだと言っても止まらないだろうと思った。 まあ、尊奈門にとってここまでは難しくない。本題はここからどうやって薫の本名の話に持っていくかである。 とりあえず、薫の口を軽くするために尊奈門は薫の腕に抱きついた。薫は目を丸く見開き、すうっと息を吸った。 してやったりと尊奈門が心の中でドヤ顔をした、その刹那。視点がひっくり返り、気付けば天井を向いて寝転がされていた。 煽りすぎたかもしれない。尊奈門に若干の後悔が過ぎったが、何もこれが初めてと言う訳では無い。薫はいつも優しく事に及んでくれるし、きっと今夜も大丈夫だろう。 「好きだよ」と囁く薫の唇を満更もなさそうに尊奈門は受け入れた。 情事が終わり、薫が片付けをし尊奈門は布団の上で気持ちよさそうに眠っている。 横に満足そうに尊奈門の横に寝転ぶと、尊奈門は目を覚まし薫の腕に飛び込んだ。 「かおる・・・・・・」 「どうしたの?」 「お前の事が知りたい」 薫は切なそうに言う尊奈門の頭を撫でた。まるで慰めるような手つきに尊奈門はあともう一押しだと感じた。 「私ばかり素を出してて、薫はまだ本心を出してくれない」 「そんな事ないよ」と薫は言う。 「なら、お前の本当の名前を教えてくれ」 それを聞いた薫は動きを止めた。それに尊奈門はやはり無理矢理が過ぎたかと焦るが、次に聞こえたのは怒りの声ではなく、大きな笑い声だった。 「今日はやけに甘えてくると思ったら、そんなことが知りたかったのか!」 「そんなことではないだろう!」 「ああ、ごめんね。でも、君が頼めばそれくらい直ぐに教えるよ」 「耳を貸して」と薫は言った。尊奈門が大人しく右耳を差し出すと薫は小さな声で「___」と名前を囁いた。 ●○●○ 色葉薫は誰にも負けない程の優秀な忍者だった。 色葉薫の生まれは小さな里の大きな家。隠れ里の一番偉い人の家に生まれた、生まれながらにして忍者になる事が決められた男の子だった。 彼の家の教えでは忍者は残忍で機械的であるべきと教えられていたので、感情の揺れは一番醜いものだとされていた。 だから薫も感情に乏しい子に育ってしまった。 その教えは薫が齢十の時に思わぬ形で活きることになる。 薫の故郷は薫自身の手で潰した。それは薫の一族が代々仕えていた城の主からの命令で、理由は謀反の噂を聞いたと曖昧なものだった。 薫の生きた世界では、基本城主の命令に背く、断るようなことをすれば裏切りとみなされ殺される。感情に乏しいと言っても、死にたくないという本能は生きている訳で。 忍者として育てられた薫にとって、自分の命と家族の命。天秤にかけるのは簡単だった。 結局数年後にはその城に見切りをつけ、数多の組織を転々とするようになる。 一箇所に留まらない理由は簡単で、薫は人とズレた感性を持っているので例えどんなに仕事が出来ても、その組織からは浮いてしまう。 薫も学ぶので、誰かの感情を模倣して上っ面だけは普通に振る舞うのだが、相手は腐っても忍者。それは空回り、気付けば何かを企んでると噂され組織に居られなくなってしまった。 それを何度も繰り返し、抜け忍になる度に姿を変えて新たな生活を送るのだが。そろそろもっと効率のいい方法はないかと考えて来た頃、尊奈門と出会った。 潜入先で出会った、忍びになりたての尊奈門は薫と正反対の性格をしていた。 よく感情を顔にだし、声に出し、行動に出す。忍者がそれでいいのかと思ったが、彼は仲間達と上手くやっているようで薫のように行き場に困ることはないらしい。 それは興味と探究心だっただろう。忍者として、諸泉尊奈門という人物を研究したいと思うようになった。 だから薫は尊奈門に恋をしたというシナリオを作った。彼の笑顔に、優しさに恋をしたから、あの時食べた雑炊の味に恋をしたから。だから、彼を追ってここまでやって来た。 そう話す薫を尊奈門は初めこそは疑ったものの、優しくされて褒められる度に薫の恋心は本物だと信じるようになった。 しめしめ、これで尊奈門に取り入ることが出来る。取り入ることが出来たら、更に彼の内部を知ることが出来て。それが出来たら、もっと親しくなって仲間や家族まで紹介されちゃったりして。 それから? その時薫は、自分が本来の目的以上に尊奈門と接点を持ってしまっていることに気付いた。 恋というシナリオを作ったが、これを利用して尊奈門とそれなりに仲良くなって彼の世渡り術を学ぶだけだったはずなのに。男同士だからないと思うが、交際することになったら、少し利用してその後はあっさりと捨ててしまおうと思っていたのに。 薫にとって、尊奈門と薫が過度に接触している事を仲間や家族に知られることは良くないことだ。なんせ、自分はスッポンタケの一件でタソガレドキから警戒されているのだ。飛んで火に入ることになってしまう。 それなのに、なぜ自分はこんな愚かなことを考えていたのだろう。 さっさと調べ尽くして終わらせてやろう。 いつものように待ち伏せして偶然を装った昼下がり。薫は展開を早めるために、尊奈門に告白した。 薫が「もっと色んな顔をする君を見れる人になりたい」と言って、尊奈門が「見るだけなら許してやる」と答えた。 その時、グッと薫の胸に突き刺さる何かがあり、何だこれはと薫が震えていると尊奈門が「他に言うことはないのか」と催促した。 他に言うこと?薫が首を傾げると、ジトっとした目で尊奈門が見つめる。 「何だ、私に言わせたいのか」 尊奈門はそう言って少し俯いた。肩が震えていて、必死に何かに耐えているように見える。 薫が「どうしたの?」と話を聞こうとした瞬間。 それは大きな声で「好きだ!!!!」と言った。 「え?」 「はぁ?」 薫はまさかの出来事にポカンとしていると、尊奈門がワナワナ震えて泣き出しそうになっていたので必死に「僕も好きだよ!」とフォローする。 「何だお前。そういう事じゃなかったのか」 「そういう事って・・・・・・」 「私の事が好きだって事だっ!!!」 フォローな虚しく。既に尊奈門は泣いていた。「言わせるなよ」と鼻声で言う尊奈門の背中を優しく撫でる。 そうか、好きなのか僕。尊奈門のことが。 その瞬間、薫の顔に血液が上昇していくのがわかった。 ぼふんっという音を立てて、顔を真っ赤にする薫を見て、次は尊奈門がキョトンとする番である。 「どうしたんだ?」 「あのさ、」 「なんだ?」 「もう一回好きって言って」 尊奈門は「嫌だ」と言ってから席を立ち、迫る薫から逃げ回る。薫は「もう一回でいいんだ」とトロトロした顔で尊奈門を追いかけた。 ということで、薫は散々疑われたし嘘も吐いたが、尊奈門への愛だけは本物だ。 この感情を守るためなら何でもすると薫は自負している。 「その、薫。すまない」 そう言ってぐちゃぐちゃな顔をする恋人に薫は世界一愛しさを感じてしまうのだから末期である。 尊奈門の謝罪の理由は薫の秘密を仲間に流していた事がバレたからで、なぜバレたのかと言うと、それは急に薫への警戒が薄まったからである。 つまり、薫が尊奈門に落とした情報で薫は少なくともタソガレドキには無害、無関係と判断されたのだ。 「いいよ。忍者ってそういうものでしょ」 少し突き放すように薫が言う。勿論、薫自身、尊奈門に話た時点で忍者に話しているのだからその仲間に話されることは承知していた。 けれど、あまりにも尊奈門が不安そうな顔をするのでもう少し虐めたくなってしまったのだ。 「もうこんなことはしない。嫌いにならないでくれ」 「嫌いになんてなるわけないだろ?少し、傷付いただけさ」 今の薫を雑渡が見たなら「性格悪いねえ」と笑っただろうに。 尊奈門は裏切ってしまったという罪悪感からか、薫の下衆な笑みに気付いていない。 「私はどうすればいい?」と尊奈門が薫に縋り付く。 薫は満足そうにこう呟いた。 「大丈夫。僕には君だけだから」
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